ブランディ【Brandy】
2018年11月07日
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11月4日の日曜日、大阪市立美術館で開催中の『ルーブル美術館展』にいって来た。
今回ルーブル美術館展の8部門から肖像画や古代エジプトのマスクや、19世紀ヨーロッパ絵画、彫刻110点が出展された。
ルーブル美術館は1793年開館して1804年ナポレオン(1769~1821)が皇帝に即位、ナポレオン戦争で諸国から美術品も奪って所蔵品が溢れて美術館も『ナポレオン美術館』と改名した。
1815年ワーテルローの戦いでナポレオン軍は敗戦してナポレオンが皇帝を追われて、諸国から奪った美術品も多数は返還した。
今回の出展作品ではルーブル美術館を代表する『モナリザ』『ミロのヴィーナス』『ナポレオン1世の載冠』の大作は本国でなければ、見れないためか、静かな館内は時間をかけて見学できた。
今回ルーブル美術館展の8部門から肖像画や古代エジプトのマスクや、19世紀ヨーロッパ絵画、彫刻110点が出展された。
ルーブル美術館は1793年開館して1804年ナポレオン(1769~1821)が皇帝に即位、ナポレオン戦争で諸国から美術品も奪って所蔵品が溢れて美術館も『ナポレオン美術館』と改名した。
1815年ワーテルローの戦いでナポレオン軍は敗戦してナポレオンが皇帝を追われて、諸国から奪った美術品も多数は返還した。
今回の出展作品ではルーブル美術館を代表する『モナリザ』『ミロのヴィーナス』『ナポレオン1世の載冠』の大作は本国でなければ、見れないためか、静かな館内は時間をかけて見学できた。
ナポレオン

ナポレオン コ二ャック
館内では『ナポレオン1世の載冠』は売店のポストカードを買った。
この作品のナポレオンの主席画家であったダビイット(1748~1825)は、3年の歳月をかけて完成した。
ナポレオンの肖像画は弟子のアントワーヌ・ジャン・グロ(1771~1835)の『アルコレ橋のボナパルト』を(売店で買ったポストカードより転載)目の前で鑑賞できた。
ナポレオンのことになると私達には『ブランデー』を思いますが、皆さんでも、『ナポレオン』と称する酒は知っていると思います。
では『ナポレオン ブランデーとは何か』と質問されたら困りますが、『100 VINTAGE TREASURE S 』著者 Michel jack chasseuil のフランスのワイン コレクターの本から引用します。
『1985年ある友達から、彼が時々 食事に行く有名レストランに素晴らしいコニャックがあると言う話を聞いた。その中の1本が グランド・フィーヌ・シャンパーニュ・レゼルヴ・ドーステルリッツ 1805。ナポレオン皇帝の貯蔵庫にあったことを示す、ナポレオンの『N』の記章がついていた。』
著者ミシェルは1988年6月26日にこの同じボトルをワイン オークションのカタログから見つけ出して、会場にて1900フランで落札した。
ナポレオン皇帝の『N』の記章がある1811年のコニャックはナポレオン皇帝の2世誕生の年で、空前絶後の葡萄の当たり年になりこの年を『ナポレオン ブランデー』として有名にした。
今では、フランスでは生産されたブランデーは何処でも『ナポレオン印』が見ることができるが、昔しはアルマャックやコニャックの古酒に付けられた銘柄でもあった。
関西では何故か1970年初期から1985年頃までブランデーブームが続き、当時の北新地のボトルキープの酒はブランデーばかり、今では信じられない。
この作品のナポレオンの主席画家であったダビイット(1748~1825)は、3年の歳月をかけて完成した。
ナポレオンの肖像画は弟子のアントワーヌ・ジャン・グロ(1771~1835)の『アルコレ橋のボナパルト』を(売店で買ったポストカードより転載)目の前で鑑賞できた。
ナポレオンのことになると私達には『ブランデー』を思いますが、皆さんでも、『ナポレオン』と称する酒は知っていると思います。
では『ナポレオン ブランデーとは何か』と質問されたら困りますが、『100 VINTAGE TREASURE S 』著者 Michel jack chasseuil のフランスのワイン コレクターの本から引用します。
『1985年ある友達から、彼が時々 食事に行く有名レストランに素晴らしいコニャックがあると言う話を聞いた。その中の1本が グランド・フィーヌ・シャンパーニュ・レゼルヴ・ドーステルリッツ 1805。ナポレオン皇帝の貯蔵庫にあったことを示す、ナポレオンの『N』の記章がついていた。』
著者ミシェルは1988年6月26日にこの同じボトルをワイン オークションのカタログから見つけ出して、会場にて1900フランで落札した。
ナポレオン皇帝の『N』の記章がある1811年のコニャックはナポレオン皇帝の2世誕生の年で、空前絶後の葡萄の当たり年になりこの年を『ナポレオン ブランデー』として有名にした。
今では、フランスでは生産されたブランデーは何処でも『ナポレオン印』が見ることができるが、昔しはアルマャックやコニャックの古酒に付けられた銘柄でもあった。
関西では何故か1970年初期から1985年頃までブランデーブームが続き、当時の北新地のボトルキープの酒はブランデーばかり、今では信じられない。
2014年07月11日
今週、常連客の娘さんが南フランスのプロヴァンスから帰国したと言って店に寄ってくれた。
今夜は暑いので「パスティス」をフローズンにして飲みたいと、出来ればトップにパウダーシュガーをふりかけてほしいと希望通りに作りました。
1860年代にフランスの葡萄畑に「フィロキセラ」が発生して葡萄畑の半分以上が壊滅するとワイン、ブランデーが暴騰して代用酒として人々は「Green Fairy」と呼ばれた「アブサン」になじみだした。
アブサンは強い酒で常飲すると「アブサン中毒」になりこのアブサンを愛飲した芸術家ではゴッホ、ピカソ、モネ、ロートレック、オスカーワイルド、ヘミングウェイなどが"ハマって"しまった。
ヨーロッパにも広がり、フランス、スイスで製造禁止になり、南フランス、プロヴァンス地方で生まれた「パスティス」はアブサンのイミテーションとして、意味は「模倣」のことでこの酒は現在でもフランスでいちばん飲まれるリキュールになりました。

パスティス・フローズン
パスティスはアイラモルトのように独特のキャラクターのある酒で"ピート臭"にハマっている方は好きになると思います。
アブサンは1988年EUが中毒性の「にがよもぎ」を少量にして製造が承認されて日本にも輸入されています。
2014年01月06日
新年の賀状を拝見して絵馬のイラストが多く、「絵馬」の意味は馬を奉納する代わりとして馬の絵を書いたのが始まりだそうです。
他では競走馬の馬主の方で、馬が「ゲートイン」して2、0、1、4の番号順で走り出した画は傑作です。
その中でも、 JBA時代の先輩で「 バー ウイスキー 」の小野寺さんの「ハーレーダビッドソン」の「鉄馬」に騎乗した写真、格好良かったです。
1970年日本で公開された映画「 イージー・ライダー」は、デニス・ホッパー監督、主演でピーター・フォンダとジャック・ニコルソンと2人乗りのバイクはハーレーで悲しい結末になるニューオリンズに、ひた走り出します。
ハーレー史上、最も有名になったアメリカ映画はヒットして、この映画をみてハーレーライダーになった人々も多かったそうです。
現在でもハーレー・オーナークラブでは日本でも35,000名以上の会員が「鉄馬ハーレー」に騎乗されているそうです。
「ホーセズ・ネック」カクテル
馬に関係あるカクテルでは「ジョッキークラブ」か、昔よく飲まれたブランデーベースでは「ホーゼズ・ネック」が有名でした。
関西では昔コニャックが1番飲まれた時代があり、北新地でも「ボトルキープ」といえばコニャックでした。
現在ではあまり飲まれなくなり、 「マール」や「グラッパ」に人気が移り、コニャックが日本で年間100万ケース以上も消費された時代があったのは今では夢のようです。







