2015年05月

2015年05月21日





テレビ「天皇の料理番」の2話、3話で登場した「華族会館」石造りの洋館はどこか見覚えがあると思ったら「綱町三井倶楽部」でした。
 
もう数十年以上も前に“小瓶コレクター”の脇野さんが東京で一番の洋酒コレクションのバーに行こうと、ご一緒したのは、綱町三井倶楽部でした。
 
バー内のボトルはウィスキーとブランデー、スピリッツだけで“ズラリ”と並ぶ銘酒は壮観でした。
脇野さんは当時、三井グループの会社の役員でしたので、当日出迎えてくれた三井倶楽部の小川副支配人とは親しく、小瓶のコレクションも協力してもらい、小瓶の話と貴腐ワインでその夜は盛り上がりました。

tunamachi ogawa
 綱町三井倶楽部                               当時の小川喜四郎副支配人
三井倶楽部の旧館は1万坪の庭園の緑の中にある洋館は現在では、都内でも貴重な建築物です。
1964年東京がオリンピックを開催出来たのは1本の貴腐ワインが決めた話のエピソードです。
1959年東京がオリンピックの候補地に決まりIOCブランデージ会長たちが調査に来て、当時の東京は各国からの選手、役員たちの交通のアクセスの悪さや、東京のホテルの事情などの件で反対派も出だして最終のプレゼンテーションが綱町三井倶楽部で開催されて、その夜の晩餐会でブランデージ会長は料理長の特別メニューのフレンチを喜ばれてワイン通の会長はソムリエ役の小川副支配人にデザートワインに「シャトーデイケム1947年」を注文すると「グレートヴィンテージの1947年物はこの国にあるわけない」と思っていたら、小川副支配人は御一行様のために1947年のヴィンテージを10数本テーブルに並べると、会長は“日本のおもてなし”に驚いて最高の貴腐ワインは1964年の東京オリンピックを決定した。


 

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2015年05月09日


TBS日曜劇場の「天皇の料理番」より。

前回(5月3日)のTBS日曜劇場の「天皇の料理番」第2話は秋山の見習いコックの仕事は、明けても暮れても鍋洗いで、鍋洗いの仕事が終わると夜は料理の原書を持ってフランス語の個人授業に通った。
 
頑張り屋の青年秋山は1909年、20歳。
日本人ではまだ自費で本場のフランス料理をマスターしていない欧州に父親に渡航費を出してもらい、パリで有名な料理人に出会います。
「王の料理人か、料理人の王か」と言われたパリのオテル・リッツの料理長エスコフィエその人です。

秋山は「私が見習い時代から耳にしていたここの料理長がやっぱりそのままで、この人にお世話になった。パリ第1流の料理長として、業界のみならず。一般社会に対してもどっしりとした重みを示していた。」料理人としては晩年のエスコフィエ65歳頃であった。




ピーチ・メルバ
 秋山が師事した晩年のA・エスコフィエ
 
エスコフィエを知らない人でも、彼の創作デザート「ピーチ・メルバ」は有名です。
「エスコフィエ自伝」より引用します。
『優雅なプリマドンナ、ネリー・メルバ(1861-1931)彼女がワグナーの歌劇「ローエングリン」に出演の際に特別な計らいで聞かせてもらったことがあった。本物の大オペラ声量豊かな歌に酔いしれたその夜の礼を述べるためにひとつびっくりさせてやろうという気になった。ネリー・メルバは数人の友人を夕食に誘った。
この幸運を逃してはならない。歌劇に登場した神話上の白鳥を思い出して、次のようなデザートをタイミングよく供した。銀製のテリーヌ型の底にバニラアイスを敷きその上に桃をのせたもので氷細工の翼を広げた白鳥で両側から囲み、糸状の飴細工でヴェールをかぶせたものであった。ネリー・メルバは私のデザートに感激した。』





 

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STAG BAR KIMURA

1962年12月20日
北新地永楽町45番地で開店
1978年 7月20日
現在地イトヤビルに移転
2020年 1月24日(金曜日)
店を閉店致しました。
永きに渡りたくさんの方々より、 ご厚情を賜り、 感謝の気持ちとともに ここに厚く御礼を申し上げます

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