2015年02月

2015年02月28日





スコッチウイスキーは、19世紀にブレンデッド・スコッチがエジンバラやグラスゴーのウィスキー商たちにより誕生し、スコットランドの地酒から世界の酒になった。
 
日本にも最初は横浜や神戸の居留地貿易商人たちにより輸入された。
 
その後、現在ではモルトウィスキーに人気が移行したとは言え、現在もブレンデッド・スコッチが販売量では9割を占めている。
 
スコットランドの輸出商品のトップに育て上げた「BIG・5」と呼ばれたウィスキー企業の成功者にジョン・ヘイグのディンプル」、ジョン・デュワーの「ホワイト・ラベル」、ジョン・ウォーカーの「ジョニー・ウォーカー」、ジェームス・ブキャナンの「ブラック&ホワイト」、ジェームス・マッキーの「ホワイト・ホース」の創業者たちによりワールドワイドな酒に育てられたが、これらの企業も現在では「DCL」から「ディアジオ」の傘下に入りスコットランドでは独立系の企業は1割に過ぎない。
 

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 ディンプルのピューター

「BIG・5」一番の老舗ヘイグ社は1627年からウィスキー作りを手がけてきた歴史を誇り、姉妹会社ではヘイグ&ヘイグ社の「ピンチ」が有名でしたが、現在ではジョン・ヘイグ社の「ディンプル」が輸入されています。
この写真のボトルは1980年頃ピューター装飾で有名なオランダのダアール・ドロップ社に発注して限定生産された「ローヤル・デカンター」は日本には数100本が輸入された。
当時はウィスキー企業には遊び心がありボトルにもクラフトマンの精巧な工芸技術によりこのようなボトルがコレクター・アイテムとして限定生産された。






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2015年02月17日


昔発売されたグレンフィディックの「スコットランド・ロイヤル・ヘリテージ」シリーズのボトルを紹介します。


「チャールス・エドワード 1720-1788」「ロバート・ブルース 1274-1329」「メアリー・スチュアート 1542-1587」は歴代スコットランドを代表する君主の3人はスコットランドで劇的な人生を歩んできた君主たちです。


チャールスは1715年名誉革命で退位した。
ジェームス2世の孫で祖父や父に代わって王位を奪回すべく「45年の反乱」を開始しハイランダーのクランに援軍を求めフランスから7月に上陸し、12月にはロンドンの北のダービーまで進軍して、ロンドン市民をパニックにして南進はここでストップした。

チャールス軍は敗走がはじまり、ハイランダーの応援者によりチャールスはフランスに脱出できたが、ステュアート王家はチャールスの代で絶えてしまった。


ロバート・ブルースは1306年にスコットランド独立の英雄として、スコットランド紙幣に描かれている国王で、その後1707年アン女王の時代まで独立を維持された。


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 ロイヤル・ヘリテージの壺


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 3人の君主の肖像画


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 メアリー女王の壺

メアリーは人気ではロバート・ブルースに引けをとらないスコットランド女王で、ステュアート王家のジェームス5世はメアリーの父でメアリー誕生の6日後、30歳でなくなりメアリーはスコットランド女王に即位した。
メアリーは君主としては、さしたる功績もあげられず、悲劇の女王として一生を送る。
1548年5歳のメアリーはフランスに渡りアンリ2世の宮廷に迎えられる。
16歳でフランス王妃になるが夫のフランソア2世が亡くなり18歳で未亡人になり、スコットランドに帰国しスコットランド女王になるが、フランスで影響を受けたカトリック化がスコットランドを混乱させて、貴族たちが反乱を起こし、メアリーは命が危うくなり、イングランドにエリザベス1世を頼って来たが、カトリック信者のメアリーはエリザベス1世には厄介者で、メアリーがローマ司教の誘いでエリザベス1世暗殺とイングランド女王即位を画策したとメアリーを1587年2月8日処刑した。





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2015年02月09日


先日、百々さんが息子さんと仲間の方たちと来店してくれました。
 
 
百々さんは当店を贔屓にしてくれ40数年になります。
ビジュアルアーツの関西を代表する写真作家として、昨年7月に写真集「日本海」を出版しました。
アサヒカメラでも発表し好評でした。

 
また、沢山の写真集を出版されて、最近では米国のヒューストン美術館で作品展とニューヨークでも開催、4月から奈良市写真美術館の館長に就任されます。
 
百々さんのお弟子さんでは映画界で活躍中の河瀬直美監督が有名です。



日本海  P2050667
 日本海                        余市 出足平漁港

百々さんがライフワークとして取り組んでいた作品「紀伊半島」「大阪」、今回「日本海」製作に数十年の歳月をかけ3部作として完成しました。
いずれの作品も 8'×10の大型カメラでモノクロームの世界を表現され「日本海」は山口県から青森の12県と北海道では現在放映されているの“マッサン”の舞台である「余市」も被写体として魅力ある場所とし、4枚も作品に納めています。
ウィスキー愛好家の百々さんは撮影後にマッサンのウヰスキーで、北の地、余市の夜を楽しんだことでしょう。




 

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INFORMATION
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STAG BAR KIMURA

1962年12月20日
北新地永楽町45番地で開店
1978年 7月20日
現在地イトヤビルに移転
2020年 1月24日(金曜日)
店を閉店致しました。
永きに渡りたくさんの方々より、 ご厚情を賜り、 感謝の気持ちとともに ここに厚く御礼を申し上げます

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