2014年10月

2014年10月29日





ゴルフのスクラッチプレーヤーの方が来店してスコットランドのセントアンドリュースでゴルファー憧れの「オールドコース」をプレイしてきたと、楽しそうに語ってくれた。
オールドコースは世界中のゴルフ巡礼者が“神の作ったコース”でいちどプレイしたいと思う“ゴルフの聖地”だそうです。
オールドコースの予約は各国のハンディーキャップの証明書が必要だそうです。

一緒にプレーしたカナダ人のプレーヤーと親しくなり、夜は17番ホールの側に立つホテルのメインバーのスコッチを楽しんだそうです。

日曜日は、オールドコースが市民の公園として開放されるのでゴルフは休日にしてカナダ人達とエジンバラ城の近くの「スコッチ・エクスペリエンス」を見学に行こうと便乗したそうです。


オールドコースホテル・ダイレクトリー
 オールドコースホテル・ダイレクトリー

メインバーの「スウィルカン」はオールドコースの1番ホールと18番ホールを流れる小川のスウィルカンバーンの名前がつけられた。
この小川にかかるスウィルカン石橋はこのコースの名物で、イラストの絵になっている石橋です
17番ホールのそばに「The 17th Bar」がコース内にバーががあるのも世界広といってもこのゴルフコースぐらいでしょう。



スコッチウイスキー・エクスペリエンス
 スコッチウイスキー ・エクスペリエンス

エジンバラ城のそばの「スコッチウイスキーエクスペリエンス」は昔のスコッチウイスキー・ヘリテージセンターの名前が変わったんだと思います。
ウイスキーが瓶詰めされて現在まで発売された銘柄の量は壮観ですね。
ブレンドが主で3000~3500銘柄だそうです。

 


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2014年10月21日


今月数銘柄のオールドボトルのスコッチブレンドを封切りした。
 
常連の方たちと面白い発見があった。
 
ヴィンテージポートのように赤みを帯びた色や、古酒のオロロソ・シェリーの茶が掛かった琥珀色を楽しみ、この時代のブレンダーは他の蒸溜所の原酒も自由に手に入りやすく、ブレンデットの商品としてクォリティーも高く貯蔵庫の樽もシェリーバットが主流で、現在のものを悪いとは言わないが、香味も濃厚でアフターテイストも舌に長く残りモルトの混合率も高いと思われ、他の方たちにも試飲をしてもらったら、全員モルトウイスキーと勘違いをして驚いていました。

 
ブレンデットが面白い
 J&Bアルティマ1996

スコッチウイスキーが公式記録に登場したのが1494年で、500年後の1994年にはこれを記念してスコッチメーカーから限定ボトルが発売された。
J&Bは記念ボトルを製造するために8年の期間をかけて、スコットランド全蒸溜所のグレーン蒸溜所とモルト蒸溜所も合わせて集めた128の蒸溜所をブレンドしたブレンデットウィスキーでした。
ボトルの箱には128の蒸溜所がすべて記入されていました。
もう1本は1997年4月15日にホワイト&マッカイの輸入元の明治屋が大阪で「ブレンディング競技会」を開いてホワイト&マッカイ社のマスターブレンダーのリチャード・パターソンの指導で始まり、約80名のバーテンダーが参加した。
テーブルにはモルト原酒とグレーン・ウイスキーをブレンドした作品をR・パターソンの審査で私は1位になり賞品として、ホワイト&マッカイ社は500年記念に製造した500本限定ボトルの1本をR・パターソンより受け取りました。




 

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2014年10月14日


朝のテレビ小説「マッサン」が始まって、スコットランドから帰国し、広島から舞台は大阪に変わり、歴代視聴率の高い、この番組の中でも関西地区では21パーセントの数字を出して10数年ぶりの高視聴記録になったそうです。
京都の“ハイボールをウリ”にしているバーも、注文すれば“角ハイボール”がニッカウヰスキーにかわりにマッサン効果に便乗したのかなと、神戸から来店してくれる方は笑って話してくれた。


今週来店してくれた、年配の夫婦の方がマッサンを毎朝楽しんで見ているので、「マッサンがスコットランドで実習した蒸留所のウイスキーを飲んでみたい」と注文され「ロングモーン」を飲んでもらいました。
 
この蒸留所はスペイサイドの入口になるエルギンの街にも近く、オリーブチェックランドの原著「Japanese whisky Scoth Blend」→日本語訳の「リタとウイスキー」の中で「ロングモーン蒸留所は昔ながらの丈夫な石造りで竹鶴が将来、北海道の余市に自分の蒸留所を設けたときにこの建物をそっくり再現するほど彼に影響を与えたものであった」と記されている。

 
2杯目は「ヘーゼルバーン」を飲んでもらいました。
 
1920年マッサンがスコットランド蒸留所最後の実習先になった場所で、新婚の2人は5カ月間暮らしたキャンベルタウンは半島の古い港町でした。
マッサンはヘーゼルバーン蒸留所に日曜以外は毎日蒸留所に通ってここで学んだ「実習報告」をノートに写して日本のウイスキーはマッサンによりスコッチウイスキーづくりの技術を踏襲された。




ロングモーンとヘーゼルバーン
 ロングモーンとヘーゼルバーン

ロングモーンはボトラーズボトルで2列目にグレンリヴェットと記されて、マッサンの「ウイスキーと私」の1972年発行でも「グレンリヴェット」になってますが、スミスのグレンリヴェットではありません。
現在ではロングモーン蒸留所に訂正されています。
55pには「スミスのグレンリヴェットに汽車で通った」と記されているので実習されたのかもしれません。
72年はロングモンはスミスのグレンリヴェットグループの傘下に入った年でもあります。
ヘーゼルバーンは1825年頃創業されたが、現在は貯蔵庫だけが残り、スプリングバンク蒸留所から発売されています。



貯水池より
 ロングモーン蒸留所

ロングモーン蒸留所とヘーゼルバーン蒸留所
 ヘーゼルバーン蒸留所

ロングモーンは1894年創業、私は貯水池よりモノクロで写したこのカメラは東京オリンピックの年に発売された限定版の「ニコンS3ブラック」でした。
「オリンピックニコン」と呼ばれてカメラマニアに人気があり、10年位前にも限定で製造されました。
ヘーゼルバーン蒸留所のこの版画は1887年出版のA.バーナードの「グレートブリテンウイスキー蒸留所」より転載しました。
この本が出版された頃はキャンベルタウンはこの小さな半島に21カ所の蒸留所が稼働して、1920年マッサンがキャンベルタウンに住んでいた頃でも「15~16の蒸留所がこの小さな町にひしめいていた。
戦後、私が再び訪ねたときは昔の面影はなく蒸留所は2つしかない有様であった」と記されている。
キャンベルタウンのウイスキーはアメリカに、この港から輸出され盛況の時代には30数カ所の蒸留所が競争し不況と品質の悪いウイスキーが出回って相次いで倒産していった。
この半島で最大の設備を誇ったヘーゼルバーン蒸留所もマッサンが帰国した5年後には休業した。


 


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INFORMATION
DSC_0229-名刺用
STAG BAR KIMURA

1962年12月20日
北新地永楽町45番地で開店
1978年 7月20日
現在地イトヤビルに移転
2020年 1月24日(金曜日)
店を閉店致しました。
永きに渡りたくさんの方々より、 ご厚情を賜り、 感謝の気持ちとともに ここに厚く御礼を申し上げます

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