2013年07月

2013年07月29日





毎日セミ時雨の暑さの8月15日終戦記念日を迎えます。

外では竹島や尖閣諸島の紛争と、内では経済、震災の再建も遅れ、参院選が終わって憲法改正が話題にのぼりだし、どうぞ毎日平和な日々が更新されていくことを祈ります。


1944年6月6日連合軍史上最大の作戦「ノルマンディー上陸」を開始しました。


1999年の映画「プライベート・ライアン」でスピルバーグ監督のアカデミー監督賞受賞作品です。


映画は第二次世界大戦中ライアン兄弟の実話をシナリオ化して冒頭にある戦闘シーンがはじまり激戦の後、上陸に成功した米軍ミラー大尉の率いる8人の精鋭チームがライアン4人兄弟のうち、この大戦で3人の兄が戦死した。


残った末っ子のライアン2等兵を戦場から探し出し米国本土に帰す救出作戦にアメリカ国家の温情と米軍トップの指令により、選抜されます。

チームは広い戦場内を捜したが、ライアン2等兵は誤って敵地内に降下していた。

チームは過酷な最前線で戦うことになり目の前で戦死して欠けてゆく仲間の命を1人のライアン2等兵を救出することに疑問を持ち始めます。


 

ジャックローズ 

ジャックローズカクテル

ノルマンディーの連合軍が上陸したオマハビーチの近くの地域に産する「カルヴァドス」と呼ばれる地酒が連合軍の兵士たちに飲まれて世界に広まる。
この地方カルヴァドスの地名の由来は1588年スペイン無敵艦隊の戦艦「カルヴァドール」がこの地の沖で座礁したことによりこの地方をカルヴァドスと呼ぶようになり、他の地域で産出されるアップル・ブランデーとは区別される。
ジャックローズカクテルはアメリカで有名になり、レシピもアメリカ産アップルブランデーの「アップル・ジャック」を使用するレシピが多く、日本には輸入されずカルヴァドスを使用します。
ジャックローズは名前のようにピンクカラーの少し酸味のあるカクテルで時代のトレンドに変化なく飲まれていますが作り手のセンスで変化を見せる魅力あるカクテルです。






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2013年07月22日


ここ数ヶ月間の私のブログアクセスの多いカテゴリーを調べたら「クレー射撃」がトップで驚きました。

日本コカ・コーラはロンドン五輪の時「プレーしてみたい競技」を調査したら1位が射撃で自分がやるスポーツでは面白そうと思われているのがわかりました。

ロンドンオリンピックのテレビで観戦した方は青空の空中を赤いパウダー入りの標的が命中して砕け、紅色に発色するシーンは印象に残ったと思います。

クレー射撃の歴史は18世紀後半にイギリスやヨーロッパの貴族たちが賞金をかけて鳩を飛ばして撃ち落とす競技から発展しましたが、生きている鳩を撃つことに批判が起こり現在の「クレーピジョン」射撃は皿の標的になり、意味は「粘土の鳩」です。

現在では世界中で競技者の多いスポーツとして発展、日本の銃メーカーも8割は米国、ヨーロッパに輸出されるほど人気があります。

 

粘土の鳩

1992年山形国体で強化練習 東根クレー射撃場

「コンペティション・ガン」は散弾銃を使用します。

ライフル銃の弾は、現在の公式戦で使用される標的は高速で飛び出すので命中しないと思います。

私の使用している競技銃は1969年製のベルギー・ブローニングC3型、トラップ・ガンです。もう40年以上愛用しています。

現在では使用している選手は少ないと思いますが、日本のミロク製作所はブローニング社とタイアップしてますので、メンテナンスやオーバーホールはミロクにお世話になりました。

おかげでこの銃を使いだしてから公式戦で21勝の8割はこの銃で勝利できました。現在でも大切に愛用しています。今月7日の大会でも優勝できました。




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2013年07月15日


先月東京から矢島さんが来店し「銀座の毛利バー」のことを思い出したように話してくれました。

矢島さんは戦前から「銀座の名バーテンダー」渡辺網太郎(JBA2代目副会長、ANBA3代目会長)さんのご子息と親友で渡辺家とは矢島さんの父の代から交流があったそうです。

矢島さんは網太郎さんの話や銀座のよき時代の話をしてくれます。

そこで矢島さんに網太郎さんの最後の弟子である、毛利さんの話をしますと、「行ってみたい」と言われたので毛利さん宛に紹介状を書き、早速矢島さんは毛利さんのバーを訪ねました。
 

店内で、網太郎さんの元気な頃の写真に拝礼して毛利さんと網太郎さんの思い出話で楽しい時間を過ごされたと喜んでくれました。

 
 
 
GIBSON MARTINI
ギブソン・マティーニ
私は1991年石川国体にクレー射撃競技で大阪府代表として出場し開催地の羽咋に行きました。
この地は“ミスター・マティーニ”と呼ばれた今井清(1924~1999)誕生の地です。

JR羽咋駅から2つ目の金丸駅より75年前、 15歳の今井少年は上京します。
それは東京会館の本多春吉の弟子が富山出身で兵隊にとられて、その弟子は非常に真面目な働き者で本多に気に入られて、次も弟子は北陸の人間がよいとの一声で春吉により石川から呼び寄せられます。

本多と後に“ミスター・マティーニ”と呼ばれた男、今井清との出会いが訪れます。この出会いがなければ日本バーテンダーの歴史も、協会史も大きく変わっていたと思います。ここ数十年で“マティーニ”もえらく変化しました。

時の流れでしょうか。そういう私もマティーニの注文があれば、常連客にはジンは好きに作り最後にマティーニ・グラスにブラック・オリーブとパール・オニオンをカクテル・ピンに2個を串にさして沈めるだけです。
それを私は“ギブソン・マティーニ”と呼んでいます。

 

 

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INFORMATION
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STAG BAR KIMURA

1962年12月20日
北新地永楽町45番地で開店
1978年 7月20日
現在地イトヤビルに移転
2020年 1月24日(金曜日)
店を閉店致しました。
永きに渡りたくさんの方々より、 ご厚情を賜り、 感謝の気持ちとともに ここに厚く御礼を申し上げます

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