2013年05月
2013年05月27日
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6月2日にNBA全国バーテンダー技能競技会が大阪で26年ぶりに開催されます。
1987年の大阪大会は記念すべき大会でした。
1955年にJBAから協会が分裂して32年後の1987年JBAとANBAの両協会の役員たちが何度も会談し一本化され、NBAが誕生した第1回目の大会でした。
現在の会員もNBAになって入会した会員が8割を超えました。
今大会はNBAがスタートして26年目を迎える記念すべき大会にもなります 。
26年前に私たちが競技会の裏方としてコンペティションを担当した大阪北支部が当時の会員も数名だけになり、今大会が盛会に成功することを祈ります。

第14回NBA全国バーテンダー技能コンクール
1987年9月20日大阪ターミナルホテル
「NBA岩瀬会長のJBAとANBAが合同した最初の技術コンクールを大阪で開くことになりました。新生NBAの会員一同、心よりお礼を申します。」とはじまり、次に秋田清六氏のあいさつで氏は「明治30年生まれ。明治43年京都ホテルからスタートして東京帝国ホテル、横浜グランドホテル、東京会館とホテルバーテンダーの草分け昭和34年ミスターバーテンダー」「この老骨の私は90歳になり顧みてこれが二つに割れ、当時はとてもショックでありました。一面競争相手が出来て、互いに励まし合いにもなり、この度は合同しておめでたいと申すほかありません。」
秋田氏は1923年横浜グランドホテルから大阪の道頓堀の「ライオンバー」に移る。
関東大震災によりグランドホテルが崩壊したのはその直後だったと強運の持ち主で、本格的なバーテンダーが横浜のホテルから来たと、大阪の人に気に入られて、数年間大阪の町場のバーで働いて大阪のバーテンダーを指導されました。
秋田清六氏は大阪のバーテンダーの父でもある大先輩でした。
2013年05月20日
明治時代からホテルバーテンダーの草分け、秋田清六の資料を探していたら「BACCHUS」1988年7月号で見つけることが出来た。
前のページで開高健の「シブイ」が連載されていて“けったいな酒”を一部転載します。
「悪酒、駄酒、怪酒、珍酒、美酒、貴酒」ありとあらゆる世界の酒を飲み尽くした筆者にして、初めて語れるとっておきの話。けったいな酒とでも呼ぶしかないような一群のジャンルについて今回はレクチャーしよう。こういう怪しげな酒も知らないことには、一人前の酒飲みとは言えないんであるぞ」ではじまる。
では、私の“けったいな酒”のはなしをしてみます。

当時、電通、博報堂とM社の宣伝部の人たちが毎日食後に来店してくれた。
このグループの人たちが日本で最初にモルトウイスキーにハマった!この“CR”グループが作ったテレビCMは作れば毎回ヒットして、良き時代でした。
皆さんは、たまにはモルト以外の食後酒が飲んでみたいと、フランス産の“貴腐ワイン”やドイツ、ハンガリー産も愛飲され飲み尽くされたので国産でも良いのがあるらしいと聞き仕入れ飲んでもらったら価格も安価でこれはイケルと飲みだした。
ところが上記の新聞に大きく報道されだし“フリーズ”してしまった。
“本当にけったいな酒”に手をつけたもので笑うに笑えなくなり「安価でうまく量産できる」なんてそんな酒はあるはずがない。
『けったいな酒』の話でした。
2013年05月07日
4月18日、19時頃、当店に東京のテレビ会社のジャーナリストの方から電話で当方のミニチュアボトルのBlogを見たと連絡があり、ミニボトルのことを取材しているとのことでした。
日本では戦前から輸入されていた小瓶は輸入洋酒のケースのなかに宣伝用のサンプルとして数本が割り当てられていたと思います。
これが商品化されたのは戦後海外の航空会社が機内で販売しだして、国内でも、デパートや酒店で入手することができ、コレクションの対象として発展した。
日本にも多数のコレクターが出現して仲間内で小瓶の交換会などが開催されて情報も広がったと思います.。日本のコレクターの歴史は前にブログで紹介した、脇野さんがパイオニアだと思います。
1916年生まれであった脇野さんは終戦直後の外国人専門売店の「OSS」の洋酒売り場でスコッチの小瓶を買ったのがコレクションの最初の出会いだったそうです。その後日経新聞に小瓶のコレクションの苦労話や、朝日新聞発行のアサヒグラフに「洋酒ミニチュア館」を8回連載してコレクター仲間たちに名声が高まり、日本のミニチュアボトルコレクターの歴史は脇野さんの歴史そのものでした。

この時代はまだミニボトルではモルトの小瓶は出現していなかった。
ミニチュアボトルは最初はサンプルとして作られたもので大瓶と同じように寸分違わぬ「ミニチュアカー」と同じように縮小された、カラーやラベルの違いや紋章なども時代とともに変化して古い時代のラベルの物や瓶型も変化するので、同じ銘柄のものでも数10本になったり、私の蒐集はウイスキーに絞ったつもりでも、珍品のコニャックに出会ったりして、蒐集に枠をはめることは困難でした。





