2013年04月
2013年04月29日
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ウイスキーマガジン4月号の武部さんの映画コラムを楽しく読ませてもらいました。
「天使の分け前」は4月13日に封切られて、当日観て来ました。2度目は4月21日にも観ました。
ケン・ローチ名匠の前半は私には少しヘビーでした。
主人公ロビーと仲間たちがグレンゴイン蒸留所のガイドから”天使の分け前”の説明を受けているところから観せてもらいました。
スコットランド生まれのロビーはウイスキーには縁のない失業中の若者だが、トラブルで暴行事件をおこした。刑務所送りの代わりに奉仕活動を命じられた。そこで出会った指導者がウィスキーフリークでロビーの恋人に赤ん坊が誕生したので年代物のキャンベルタウンモルトで祝ってもらいそれを期にウイスキーに目覚めてゆく。
それからある日仲間たちとモルトウイスキー試飲会場え“聖杯”のようなモルトと呼ばれる“モルトミル”の樽がバルブレア蒸留所内で発見されてオークションに出品されることを知り、はみ出し者の仲間たちと現実から抜けだそうと人生をかけて勝負に出る。
武部さんは「ウイスキーがかくも全面に打ちだされた映画は見たことがない」といわしめています。
私も2度観ました。
映画の中で“聖杯”と呼ばれた「モルトミル蒸留所」はアイラ島のラガヴーリン蒸留所内に1908年に設立され1960年に閉鎖される。洋梨型の蒸留器2基とウォシュバック2基はラガヴーリン蒸留所内で現存し、1962年統合され現在のレセプションセンターに改造された。映画では“モルトミル”の樽は競売で115万ポンド(1億8000万円.4/26時点)で落札される。蒸留所内のウェアハウス内で仲間で“SHARE”された量だけバルブレアモルトを樽に詰められ、フェイクされた本物は仲間の2本だけが残り、社会派の英国映画界の巨匠に、近年、高価格になるシングルモルトの「オールドボトル」を風刺されているみたいに感じました。
2013年04月15日
4月6日の読売新聞夕刊の「追悼抄」に大きく掲載されたので、読まれた方もいると思います。
京都のバーから銀座に進出して有名になった「おそめ」のマダム上羽秀が昨年10月に89歳でなくなった記事です。
1955年戦後10年を経て日本経済が高度成長期に入り「神武景気」が始まった頃、祇園藝妓出身「おそめ」が銀座店を開店し、川口松太郎の「夜の蝶」のモデルにされ映画化しヒットした。
京都店と銀座店を毎週掛け持ちして「空飛ぶマダム」と週刊誌に書かれて有名になり、来店する客も有名人が多く川端康成、大佛次郎、吉井勇、白洲次郎たちが常連客で映画人、政財界人の田中角栄もなじみ客だった日本経済が発展し銀座の高級クラブは繁盛し社交場として溜まり場となり昭和の銀座が一番元気な頃でした。


おそめはこの記事で「1961年暮れバーテンダーが偽酒を扱ったとの容疑で警察の捜索を受け」と記されています。おそめが銀座店を開店した頃は新入社員の給料と「ジョニ黒」1本が同金額でスコッチは高級品でした。
まだ米ドルは360円の固定相場の時代で日本は外貨不足で自由に洋酒は輸入されておらず、いつも品切れ状態でした。繁盛店ではいつも洋酒の仕入れは大変でした。
当時の国産洋酒は北新地や銀座の客には相手にされず巷ではストレートで飲まずハイボールにされて飲まれた。この時代上記の記事のように少量の輸入ウイスキーの中に国産ウイスキーを詰めた「フェイクボトル」が出回り「コニャック」もフェイクが多く、封切りして試飲すればすぐに気付きました。
現在も出回っている「フェイクボトル」はモルトウイスキーのマッカランの「オールドボトル」に見つかっている。ワインではロマネ・コンティのラベルがシンプルでフェイクしやすく、多く偽造されているそうです。日本でも1974年にポルトガル政府から抗議文書が送られて「赤玉ポートワイン」が発売中止される。
1985年8月有毒不凍液を入れると“貴腐ワイン”のようになるので3万円で売りだし、バレて1ヵ月の営業停止を受けた。ワインはオーストリア産に国産が10%詰められていた。
2013年04月04日
アメリカでブレイクした「コスモポリタン」カクテルの資料を探していたら、ニューヨーク在住のトルコ出身イスラム系女性タイ・ウェンゼルの「BEHIND BARS」の本から見つけることが出来た。
著者はファッション雑誌コスモポリタンの編集者からバーテンダーに転身し、マンハッタンの「バーマリオンズ」に11年間勤めた話をまとめたもので、「ピンクドリンクスとダウンホール・カルチャー」の中から転載します。
『バーマリオンズではじめてピンク色のカクテルを注文されたことを今でも覚えている。1992年頃だった。注文したのは常連のジュリア流行の雑誌記者だった。「コスモポリタン」を作るようになったのはそれが世に出て間もない頃で突然騒がれだした。こんなことになったのは「コスモポリタン」がテレビドラマの「セックス・アンド・ザ・シティ」に登場してからだ。その後、「マリオンズの同僚バーテンダー」チャック・コギンズは「アブソルート・シトロン」のかわりに新製品の「アブソルート・カラント」を使用して「メトロポリタン」カクテルを考案してニューヨークでブレイクさした。』
カクテル写真前はメトロポリタンとコスモポリタン
コスモポリタンは1980年代にサンフランシスコの「フォグシティ・ダイナ」で飲まれだしてニューヨークの「オデオン」のカクテルメニューに登場し、他の説では1987年フロリダのバーテンダーCHERYL COOKの創作でその時代に流行したロングドリンクスの「SEA BREEZE」や「CAPE CODDER」のアレンジではないかと言われている。マドンナが愛飲しテレビドラマ「sex and the city」に登場しブレイクしたのは通説になっている。著者のタイ・ウェンゼルはスウェーデンのアブソルート社に、コスモポリタンカクテルの創作者を問い合わせたところ記録にないとのこと。







