2013年02月

2013年02月25日





1956年「洋酒の寿屋」が開高健編集長で「洋酒天国」を発刊したことを記したが、1980年発行の開高健の「MARTINI TALKS」の対談集の中で佐治社長と開高健が「洋酒天国」の発刊のことを語っているのを抜粋します。

開高健がまだ23~24歳の頃、30代後半の佐治敬三に「洋酒天国」のアイデアを直訴のように持ち込んだらしい。「そんな新入社員に毛の生えたような者に何千万円の金を使わして、あんたは偉い」と佐治社長に開高が言うと」佐治社長は「私は創業者の父から全権を受け継ぎ小心者やから、このPR誌は、ウィスキーの宣伝をせんと香水や女の話ばかりであんたたちに文句を言いとうてカリカリしとったんやと」開高も寿屋の役員に廊下やトイレで隣り合わせになったときに「サントリーの宣伝を一文も書かんと金ばっかり使いよって」と怒るし、そのうち洋酒天国は時代にアピールして、3ヶ月も経たないうちに、あちこちのトリスバーから「洋酒天国」をくれと言い出した。

印刷のほうが追っつかんなったら今度トイレで会うても「オレはあれええと思ってたんや」と言う、たまたま社長室に伺うとトリスの売上のグラフがモンブランの山のようだったと。

また開高は対談の中で佐治社長にこうも言っている。
「サントリーは大きくなりすぎたんとちゃいますか?」、それに対し社長は「それが悲しみや。大きいことはええこととはちゃいますなぁ。小さいほうがええ。そやのに大きいならざるをえないというのが宿命やなぁ。」


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「洋酒天国」は24歳の若き開高健により発行され創刊号は2万部でスタートしてピークには24万部とブレイクした。この間、開高編集長は芥川賞を受賞して作家になり、2代目編集長は山口瞳になった。
山口編集長も直木賞を受賞して作家生活に入り、1963年には会社はビールを発売して、ウイスキーからPR活動がビールに移り「洋酒天国」は1964年61号を最後に休刊する。その後は再発行されることはなかった。
1963年には社名も「寿屋」から「サントリー」に変更された。当時の「会社概況」:従業員数1,886名、売り上げ高300億円、現在では、従業員数28,532名、売上高1兆8,515億円。
1998年から連結決算発表にして、35年前の酒類売上95%の会社から2009年持株会社制に移行して、傘下会社に「サントリー食品インターナショナル」「サントリーワインインターナショナル」「サントリーウェルネス」、外食の「ダイナック」は東証2部に上場して、いまや「サントリー酒類」、本社より倍の売上のある「サントリー食品」を今年にも上場するらしい。上場すれば株式時価総額で1兆円を調達でき、その原資で海外企業のM&Aを早めなければ、最近の円安と有利子負債が増加しているのでその圧縮費用に使用されるよう。
一部の証券アナリストは「上場するなら親会社を先に株式公開すべきだ。親会社が株式を公開せずに支配権を守り、資金だけを市場より調達するのはいいとこ取りだと」



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2013年02月18日


2月4日の読売新聞の「オバマ大統領趣味の銃OK」の記事より一部転載します。

『ホワイトハウスは2日、オバマ大統領がクレー射撃をしている写真を公開した。大統領は最近“キャンプデービットでよくクレー射撃をやっている”と発言、これまでは射撃が趣味だと公言したことはなかったことから銃規制反対派から中心に声が上がり、ホワイトハウスが「証拠写真」を提示する形となった。
大統領が自ら射撃をたしなむ姿を見せることで、スポーツや狩猟者の銃所持の権利への理解を示し銃愛好家に向けた銃規制強化策への賛同を求める狙いと見られる。』

12月のコネティカット州ニュータウンの小学校で発生した銃乱射事件で多数の子供たちの痛ましい、悲しいニュースが世界に報道され、オバマ大統領も事件発生から“ガンコントロール”を訴えていますが、アメリカ西部開拓史以前より家族や財産を守る道具として銃を所持してきました。

アメリカで憲法修正第2条で「銃を所持し携帯する権利」を次のように認めているのです。
「よく統制された民兵は自由な国の安全保障にとって必要であるから国民が武器を所有し、かつ携帯する権利は、これを侵害してはならない」と憲法が絡むために歴代アメリカ大統領ではリンカーン、ガーフィールド、マッキンレー、ケネディが銃で暗殺されレーガンが狙撃されました。
クリントンが大統領のときにも“ガンコントロール”を訴えましたが成功していません。

今度の小学校の銃乱射事件は大勢の小学生が犠牲になり前例のない悲しい事件になりました。私も競技銃を愛用する者の一人ですが、どうぞ今度は“ガンコントロール”を成功させてください。
“NRA”は憲法をたてにして反対してくるでしょうが・・・。
(※NRAやクレー射撃協会の会員からは銃乱射事件の犯罪者は出ていません。)



obama
【クレー射撃をするオバマ大統領】ホワイトハウス提供=ロイター
オバマ大統領は左射なんですね。写真は大統領の昨年8月の51歳の誕生日にホワイトハウス専属カメラマンが撮影したもの。大統領は黒シャツにジーンズ姿でクレー射撃のスキート競技を楽しんでいます。


aso
【麻生太郎 副総理35歳の頃】
1976年モントリオールオリンピックにクレー射撃スキート競技の日本代表に決まった頃、所沢のオリンピック射撃場での練習風景です。この時代日本トップの射手でした。昨年、日本クレー射撃協会の会長に決まり、父、麻生太賀吉さんも会長でした。オリンピック競技として世界各国から参加者の多い競技です。日本はバルセロナ大会での銀メダルがあり、金メダルはアメリカ、イタリアに勝者が多い競技です。




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2013年02月12日


1975年6月「朝日新聞全国版」に私の紀行文が載ったので“ショートカット”して転載します。

「ゴルフ発祥の地。そしてスコットランドの大自然の恵みの中に育つスコッチウイスキー。
ネッシーで有名になったハイランドのネス湖近いスペイ川上流一帯では、今もシングルモルトウイスキーと呼ばれるウイスキーが作られている。
ロンドンから空路1時間で最北の都市インバネスに着く。ここは北緯57度、車以外に交通機関がないのでレンタカーを空港で借りた。
アバディーン方向の標識を見つけAロードを南下する。
エルギンの街を右に回りスペイ川に沿って走ると、蒸留所のとんがり帽子型の乾燥塔が見え始めた。
ダフタウンに入ると車窓から大麦を発酵さした蒸留所から甘い香りが漂い、ここからBロードに入りのんびりした緑の麦畑風景を走ると、谷あいのなかからグレンリヴェット蒸留所の煙突が見えてきた。
ここは1824年始めて英国政府の公認をうけたウイスキー蒸留所が誕生して、ジョージスミスの創業者一族ラッセルグラント氏に紹介され、ロバートアーサー所長の案内で蒸留所の内部を見学する。」




モルトウイスキーのふるさと

グレンリヴェット蒸留所のラッセルグラント氏
創業者ジョージスミスの娘マーガレットスミスはグラント家に嫁ぎ息子のジョージスミスグラントが蒸留所を継いだ。その後グラント一族が経営して、グレングラント蒸留所、ロングモーン蒸留所を合併して、スコットランドを代表する蒸留所のトップとして名声を誇ったが2001年フランスの酒類企業ペルノリカール社に買収された。現在ではスコットランドの蒸留所で生産キャパシティではグレンフィディックに次ぎ第2位。サントリーは1973年白州蒸留所をオープンした時に、当時グレンリヴェット蒸留所の大株主であったので、白州蒸留所内部にグレンリヴェットの“蒸留釜”をコピーして作ったが、“ニューポット”まではコピーできなかった。モルトウイスキーは“ミステリアスな酒”。




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INFORMATION
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STAG BAR KIMURA

1962年12月20日
北新地永楽町45番地で開店
1978年 7月20日
現在地イトヤビルに移転
2020年 1月24日(金曜日)
店を閉店致しました。
永きに渡りたくさんの方々より、 ご厚情を賜り、 感謝の気持ちとともに ここに厚く御礼を申し上げます

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